公認会計士・税理士 森 智幸
1.回答内容以外にもチェック項目がある
令和元年11月10日に「監査法人が銀行等に残高確認書を送る理由」というブログを書きましたが、1月に入ってからアクセスが急増しています。
おそらく、1月に入ると、12月決算の会社に係る残高確認の作成や発送が行われるからだと思います。金融機関からの回答はもうそろっていると思いますし、債権債務に係る回答もおおむねそろっているのではないかと思います。
今回は、その残高確認の回答について、公認会計士がチェックする意外な項目を説明します。
公認会計士は回答内容だけを見ていると思われる方も多いですが、実は回答内容以外の項目もチェックしています。
なお、本稿は私見であることにご留意ください。
2.差出人のチェック
紙媒体による確認の場合、残高確認の回答は、監査法人が用意した返信用封筒に入って返信していただくようにしています。
返信用封筒には、コントロールナンバー(管理番号)が付してあります。また、残高確認の書面はコピーをとって調書ファイルに綴じています。残高確認の書面にもコントロールナンバーが付してありますから、コントロールナンバーを照らし合わせれば、どこの会社等からの回答であるかがすぐに分かるようになっています。
このとき、チェックするのはまず差出人名です。
差出人名は、通常であれば、残高確認を送付した宛の会社等であるはずですが、ごくまれに送付先とは異なる会社や個人から返信されてくるときがあります。
このような場合は回答の信頼性が低下します。なぜかというと、監査法人が選定した相手先以外の会社や個人が返信しているので、確認の対象となった相手先の回答ではない可能性があるからです
(監査基準委員会報告書505「確認 」(以下「監基報505」)A11)。
3.消印のチェック
次に消印です。
消印は通常であれば、送付した会社等がある住所を管轄する郵便局の消印が押印されているはずです。
例えば、東京の丸の内の会社であれば、東京中央郵便局の消印が押されるはずです。また、現在、私の事務所が入居している京都リサーチパークにある会社であれば、京都中央郵便局の消印が押されるはずです。
それが、例えば、丸の内の会社であるにもかかわらず千葉中央郵便局の消印が押されていたり、京都リサーチパーク内の会社であるにもかかわらず伏見郵便局の消印が押されていたりしたら、かなり奇妙です。「なんで会社の近くのポストや郵便局から投函しないの?」と普通は思います。
このように、送付した取引先の会社の住所と返信用封筒に押印された郵便局の場所が異なる場合、回答の信頼性が低いものと評価します。
想定されるケースとしては、例えば、会社に届いた確認状を、会社関係者が自宅に持ち帰って回答を作成して返信したというものです。このような場合、会社内で定められた残高確認の回答手続を適切に行っていないということになりますので、会社の回答とはいえません。このような場合、回答の信頼性が低下します。
また、取引先の会社に届いた確認状を、被監査会社が回収し、被監査会社が回答を作成したということも考えられます。
実際、かつてある会社が、架空売上を計上していた取引先に対して「監査法人から残高確認状が届くが、記入金額に誤謬があったため、開封せず直接当社に返送して欲しい」という電話をして、取引先に確認状を返送させたことがあります。そして、その会社は、監査で問題とならないような回答を記入し、さらに偽造した取引先の担当者印又は代表印を捺印したというのだから驚きです。
ここで、偽造した確認状を自社から投函すれば、この章の論点である消印の疑義が生じるわけですが、なんとこの会社、消印が取引先の住所地の管轄郵便局となるよう、取引先の住所地近くのポストまで従業員を出向かせて投函したそうです。(なお、ここまで、この会社の外部調査委員会報告書を参考にして記載しました。)
敵もさる者、と関心している場合ではありませんが、この会社は監査法人が消印チェックを行っていることも知っていたのでしょう。
このように、消印チェックをかいくぐる会社もありますが、消印が取引先の住所地の郵便局と異なるときは、回答の偽造という可能性もありますので、注意が必要です。
前述のように、このような場合も、回答の信頼性が低下します。
なお、返ってきた返信封筒は、監査法人内の規定に従って廃棄しますが、このように消印が異なる場合はその封筒は捨てずに調書ファイルに綴じておきます。
4.印鑑のチェック
回答者の印鑑もチェックします。
会社に確認状を送った場合、回答欄には会社印が押印される必要があります。
にもかかわらず、ここに個人印が押印されていたらアウトです。なぜかというと、個人印が押印されているということは、その回答は会社の回答ではないためです。
よくあるのは、経理部長が署名して、自分の印鑑を押印するというものです。ときには、会社の社名が記入されているのに、なぜか経理部長の印鑑が押印されているというときもあります。
従って、この場合も回答の信頼性に疑義があることになります。
この場合は、監査人は、被監査会社に再発送を依頼することになります。また、被監査会社には、その取引先に対して会社印を押印するように伝えていただきます。
なお、もちろん押印がない場合も不可です。これも同様に会社の回答とは言えないので、回答の信頼性がないからです。
5.筆跡のチェック
最後に、これは滅多にないですが、筆跡をチェックすることもあります。
残高確認は、連結子会社にも発送することもありますが、ときどき連結子会社からの回答の文字が、親会社の経理部長の文字に似ているということがありました。
筆跡についてはその判断が難しいので、明確な判断は下せませんが、社長が手書きの証憑を偽造していたというケースも見受けられるので、筆跡を見て監査人のカンが働くこともあります。