公認会計士・税理士 森 智幸
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症がなかなか収束しません。4月に出された緊急事態宣言は、5月6日後も継続することが確実となりました。1ヶ月程度の延長ということなので、6月上旬まで緊急事態宣言が継続する可能性が高そうです。
このような状況であるため、一般社団法人、公益社団法人、一般財団法人、公益財団法人、社会福祉法人の理事会の開催についても、今年は決議の省略による方法で行うことを考えられている法人が多くなってきているようです。
理事会については、テレビ会議、電話会議、Web会議の方法で実際に開催できればよいですが、私が知っている範囲では、このような方法に対応することが難しい法人が多いようです。
従って、感染リスクを考えると、現状では決議の省略による方法がよいかと思います。決議の省略による方法によれば、理事及び監事が実際に集まらなくてもよいからです。多数の人が会議室に集まって長時間の会議を行うと「3密」の状態になる可能性が高くなるので危険度が高まります。
そこで、今回は理事会の決議の省略に係る留意点を記載したいと思います。
なお、本稿は私見であることにご留意ください。
2.理事会の決議の省略の概要
(1)概要
理事会の決議の省略とは、定款で定めていることを前提として、理事が理事会の決議の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき理事(当該事項について議決に加わることができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたとき(監事が当該提案について異議を述べたときを除く。)は、当該提案を可決する旨の理事会の決議があったものとみなすとするものです(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法」)96条、197条、社会福祉法(以下「社福法」45条の14⑨)。
社会福祉法人においても、社福法45条の14⑨により一般法96条を準用しますので、法令上は同じ内容になります。
決議の省略による方法によれば、実際に理事及び監事が集まることなく、書面または電磁的記録(電子メールなど)で完結できるので、感染リスクを抑えることができます。
(2)決議事項の制限の有無
評議員会の決議の省略の場合と同じく、理事会の場合も決議の省略による方法において、法令上、決議事項には制約はありません。
従って、計算書類の承認、定款の変更、理事や監事の選任も決議の省略による方法で行うことは可能です。
このようにいえる理由は、決議事項の制限を記載した条文がないためです。
ただし、確かに、法令上は問題はありませんが、ガバナンスの観点からみると、計算書類の承認といった重要事項は、本来は理事会の場で各理事が質問したり議論をしたりして、いろいろと検討した上で承認するという形が望まれます。
そのため、決議の省略による場合は、誰もが賛成する軽微な事項を決議の対象にすべきと考えられます。
参考ですが、京都市は平成29年5月に公表した「社会福祉法人制度改革後の法人運営について」で、この理事会の決議の省略について「決議の省略を行う場合でも,理事会における討議や理事からの説明を省略しても差し支えないような軽微な事項について行うことが適当です。」としています。(同案内P6参照)
例えば、ある規程の規定文の文字の一部を変更する、といったものがあげられます。
しかしながら、今般の新型コロナウイルス感染症は感染リスクが非常に高く、生命の危険もあるため、極力、人と人の接触は避けるべきです。
従って、今年の場合は、計算書類の承認を決議の省略による方法によってもさしつかえないと考えられますし、法令上も問題はありません。
3.法令上の留意点
(1)定款の定めが必要
理事会の決議の省略を行う場合は、定款の定めが必要となります(一般法96条)。
多くの法人は公益法人改革や社会福祉法人改革に伴う定款変更のときに、この定めを入れていると思いますが、初めて理事会の決議の省略を行われる場合は、念の為ご確認ください。
参考ですが、厚生労働省の「社会福祉法人制度改革について」に掲げられている社会福祉法人の定款例では以下のような条文が記載されています。公益法人、社会福祉法人ともに、このような条文があるかどうかを確認されるとよいでしょう。
(決議)
第二六条 理事会の決議は、決議について特別の利害関係を有する理事を除く理事の過半数が出席し、その過半数をもって行う。
2 前項の規定にかかわらず、理事(当該事項について議決に加わることができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたとき(監事が当該提案について異議を述べたときを除く。)は、理事会の決議があったものとみなす。
(2)理事全員が同意すること
議決に加わることができる理事全員の同意が必要です(一般法96条)。
(3)監事が異議を述べないこと
理事会の決議の省略の場合は、監事が異議を述べないことが必要です(一般法96条)。
4.電子メールで行う場合の留意点
決議の省略による方法の場合、書面で行うことができるのはもちろん、電子メールで理事の同意を得たり、監事が異議を述べないことの確認を得たりすることも可能です。
電子メールによる方法については、内閣府による公益法人Information内にある「よくある質問(FAQ)」の「問Ⅱ‐6‐①(代理人の出席等)」にその方法と注意点が記載されています。以下引用します。
「例えば、電子メールにより理事会決議を行う場合、メールにより議案の内容を理事と監事の全員に伝達し、事務方が理事全員から議案に同意する旨の電子メールを受け取り、監事に異議がないことを確認した上で、理事会決議の議事録を作成することにより手続きは完了します」(赤文字は筆者)
このように、決議の省略は電子メールで行うこともできます。
ただし、FAQ問Ⅱ-6-1では続けて、以下の注意点も述べています。
「(もっとも、一堂に会した理事会とは異なるので、例えば、他人のなりすましによる議案への同意のメール送信のおそれを排除するため、後に無効とならないよう、同意表明が本人の意思に基づくものか電話などで確認しておくことも有効です。)」(赤文字は筆者)
電子メールはなりすましのリスクがあるので、必ず本人確認をすることがよいと考えられます。
また、書面で理事、監事から本人が同意した旨の文書を頂いておくと証拠力が高いものとなるので、後日、郵送で書面をいただくという方法も考えられます。
5.議事録の作成
決議の省略による方法を行った場合でも理事会議事録の作成は必要です(一般法95条③)。
理事会の議事については、法務省令で定めるところにより、議事録を作成することとなっていますが(一般法95条③)、決議の省略による場合は以下の事項を記載することとなります(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律施行規則15条④ⅰ)。
イ 理事会の決議があったものとみなされた事項の内容
ロ イの事項の提案をした理事の氏名
ハ 理事会の決議があったものとみなされた日
ニ 議事録の作成に係る職務を行った理事の氏名
6.提案書、同意書、確認書、議事録の雛形
理事会を決議の省略で行う場合は、提案書、同意書、確認書、そして議事録が必要です。
以下は社会福祉法人用ですが、所轄庁が公表している雛形をご紹介します。
①京都市
「社会福祉法人制度改革について」のページ内の「平成29年度 社会福祉法人役員等研修会及び指導監査等説明会について(平成29年5月22日実施)」にある「参考様式集」というワードファイルに雛形があります。
②松江市
「参考資料・様式」集に「様式例4理事会決議省略提案通知ほか【島根県作成】」というワードファイルがあります。
③神戸市
「各種様式」の7番「評議員会・理事会の(決議の)目的である事項の提案等について)」と13番「理事会決議を省略した場合の理事会議事録作成例」にワードファイルの雛形があります。
公益法人については、公益法人Information内に雛形がありませんが、上記の社会福祉法人用のものをアレンジするとよいかと思います。
議事録については、公益財団法人公益法人協会様が議事録を公開していますので、参考になるかと思います。
7.実務上の留意点
最後に、私もこれまで、主に公益法人の理事会の決議の省略について、いろいろとご質問やご相談を受けてまいりましたので、その中で気づいた実務上の留意点を記載致します。
(1)送った後は電話をする
書面または電子メールを送った後は、電話で理事及び監事に書面または電子メールを送ったことをお伝えするほうがよいです。
というのは、書面または電子メールが送られていることに気づいていない人がいたり、届いていてもそのままほったらかしにされていたりする場合があるからです。
この場合、電話をするのは理事長または事務局長がよいと思います。総務部の職員だと、理事や監事に説明がうまく伝わらない場合もありますし、職員に何かと重圧がかかってしまうためです。
また、このときに必ず○日までに返送して欲しい旨も念押ししてお伝えしておくのがよいと思います。
(2)普通郵便で可
書面の場合は、普通郵便で問題はないです。私が知っている限り、書留または簡易書留で送っていた法人はなかったと思います。もちろん、書留または簡易書留でお送りしても問題はございません。
また、書面の場合は切手を貼った返信用封筒を同封することが通常です。
(3)同意書、確認書、議事録はファイリングする
理事会議事録又は決議の省略における同意書、確認書は理事会の日(理事会の決議があったものとみなされた日を含む。)から10年間、その主たる事務所に備え置かなければならないとされています(一般法97条①)。
同意書、確認書、議事録についてはひとまとめにしてファイリングするとよいでしょう。このあたりは、公益法人の立入検査では、よくチェックされる論点なので、注意しておく必要があります。
以上、参考としていただけますと幸いです。
執筆者:公認会計士・税理士 森 智幸
令和元年に独立開業。株式会社や公益法人のガバナンス強化支援、公益法人コンサルティングなどを行う。
PwCあらた有限責任監査法人リスク・デジタル・アシュアランス部門ではアドバイザリーや財務諸表監査を行う。
上場会社の財務諸表監査・内部統制監査、アメリカ合衆国への往査、公益法人コンサルティング、J-SOX支援、内部統制構築支援、社会福祉法人監査などに携わる。執筆及びセミナーも多数。
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