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物価高・インフレ下における会計上の留意点

公認会計士・税理士 森 智幸

KEY POINTS

  • 近年の物価高は、消費需要が減少する可能性が高いため、企業にとっては減収減益となる可能性がある。
  • 自社への影響として、固定資産の減損、棚卸資産の評価損の検討の必要性に注意する必要がある。
  • 子会社・関連会社、投資先に対しての影響としては、株式の評価、のれんの評価、債務保証、貸倒引当金について注意する必要がある。
  • 法人税法上の課税所得にも影響が出る可能性もあるので、税効果会計への影響も検討する必要がある。

1 はじめに

 このところ、天候不順による穀物等の原料高、原油高、さらには円安の影響もあり、物価高が発生しています。

 我が国ではデフレの状況が継続していたため、日本銀行は物価の上昇を目指していましたが、現在の物価高は、コストの上昇が販売価格に転嫁されたことによるものが多く、一方で給料の増加傾向があまり見られないため、消費者の買い控えと粗利益の低下によって、結果として企業業績の悪化に繋がる可能性もあります。

 そこで、今回は現在の物価高・インフレの状況において、留意すべき会計処理について記載します。

 なお、本稿は私見であることにご留意ください。

2 物価高が与える影響

(1)自社の影響

 物価高になると、消費者がモノを買い控えする可能性が高くなります。その結果、モノを販売する会社にとっては単価は上がっても、販売量の減少により、全体の売上高が減少する可能性があります。物価が上がっても、同時に給料が増えればよいですが、現在の物価高はその傾向にはないようです。そのため、消費者の購買力はあまり大きくならない可能性が高く、売上高が大きく増加する可能性は高くはないのではないかと予測されます。

 一方、仕入や経費については、仕入価格の上昇、水道光熱費などの上昇などにより全体的に費用も増加します。

 その結果、企業の純利益は増加するよりは、むしろ減少する可能性もあります。

 このような状況においては、以下の会計上の留意点が出てきます。

①固定資産の減損

 小売業など、対消費者のビジネスの場合、例えば店舗の売上や営業損益が減少する可能性があります。

 また、対事業者ビジネスの場合も、取引先に対する売上の減少により、支店や事業所の売上や営業損益が減少する可能性があります。

 

 このような状況において減損の兆候が発生した場合は、減損会計の適用の要否の検討を行う必要があります。

 また、店舗や支店・事業所を縮小・閉店することとなった場合は、固定資産の除却損や売却損の発生、使用有形固定資産にかかる耐用年数の変更、資産除去債務の見積りの変更、違約金や解約金にかかる引当金の設定の要否の検討を考える必要があります。 

 

 なお、これらの論点については「オフィス規模を縮小したときに生じる会計上の論点」に記載しております。

 

 さらに、期末日後、店舗や支店・事業所の閉鎖を取締役会で意思決定した場合、重要性がある場合は、重要な後発事象として注記する必要があります。

②棚卸資産の評価損

 消費者がモノを買い控えするようになると、小売、卸売において棚卸資産の滞留が発生する可能性があります。また、売れない商品や製品については、逆に販売価格、卸売価格の下落が生じる可能性もあります。

 

 棚卸資産の滞留や販売価格、卸売価格の下落が生じた場合は、棚卸資産の評価減の検討を行う必要があります。

 

 表示については、原則として売上原価の内訳として表示します。

 なお、重要な事業部門の廃止など臨時の事象に起因し、かつ、多額であるときは特別損失に計上します。この要件を満たさない場合は、特別損失に計上することは不可なので注意する必要があります。

(2)子会社・関連会社、投資先への影響

①子会社等や投資先の評価

 子会社、関連会社といった関係会社の売上や利益が減少した場合、関係会社株式の評価連結会計におけるのれんの評価を考える必要があります。

 連結上ののれんについては、固定資産の減損と同じく、減損の兆候の有無を判定し、減損会計の適用の要否を検討する必要があります。

 

 取引先などの株式を保有し、その他有価証券として会計処理している場合、時価が著しく下落したときは、回復する見込があると認められる場合を除き、時価を持って貸借対照表価額とし、評価差額は当期の損失とします。

 また、市場価格のない株式の場合は、発行会社の財政状態の悪化により実質価額が著しく低下したときは、相当の減額をなし、評価差額は当期の損失とします。

 

 実務上は、市場価格のない株式の場合の評価のほうが難しいものとなります。株式を保有しているということは、株主でありますから、定時株主総会前には財務諸表が送られてくるはずですので、その財務諸表を基礎にして、実質価額の算定を行う必要があります。

 時々、投資先の財務諸表を入手していないというケースが見受けられますが、必ず入手する必要があります。

②子会社等や投資先等に対する債務保証

 子会社、関連会社、投資先などに対して債務保証をしている場合、まず、引当金の計上要件は満たさないものの、発生の可能性がある程度予想される場合は、偶発債務として注記する必要があります。

 

 また、発生可能性が高くなり、引当金の計上要件を満たしている場合は、債務保証損失引当金を計上する必要があります。

③売掛金の回収可能性

 取引先の業績が悪化すると、売掛金の回収可能性に問題が出てくる可能性があります。

 この場合、経営破綻の状態に至っていないが、債務の弁済に重大な問題が生じているか又は生じる可能性の高いと判定した場合は、貸倒懸念債権に分類し、財務内容評価法またはキャッシュ・フロー見積法により貸倒見積高を算定する必要があります。

 

 また、場合によっては破産更生債権等に分類されることもあるかもしれません。この場合、財務内容評価により貸倒見積高を算定する必要があります。

(3)税効果会計への影響

 会社の売上が減少し、純利益も減少するとなると、法人税法上の課税所得にも影響が出ることになります。

 将来、課税所得が減少する可能性がある場合、繰延税金資産の回収可能性にも影響が出てくるので、繰延税金資産の計上額に注意する必要があります。

3 おわりに

 今年に入ってからは、さらにロシアによるウクライナ侵略が始まり、さらに国内経済も世界経済も先が読みにくくなってしまいました。

 このように、世界情勢が急激に変化している現在では、これまで業績が好調だった企業においても、これらの会計上の論点がいつ発生するかわかりません。

 そのため、いつでもこのような論点に対応できるよう、判定の手順などを手順化しておくなど、会計上の見積りに関する内部統制を整備しておくことも必要です。

 

執筆者:公認会計士・税理士 森 智幸

令和元年に独立開業。株式会社や公益法人のガバナンス強化支援、公益法人コンサルティングなどを行う。

PwCあらた有限責任監査法人リスク・デジタル・アシュアランス部門ではアドバイザリーや財務諸表監査を行う。

これまで、上場会社の財務諸表監査・内部統制監査、アメリカ合衆国への往査、公益法人コンサルティング、海外子会社のJ-SOX支援、内部監査のコソーシング、内部統制構築支援、社会福祉法人監査などに携わる。執筆及びセミナーも多数。


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