公認会計士・税理士 森 智幸
KEY POINTS
- 内部統制が機能していないと、穴の空いたバケツに水をいれるようなものであり、どんなに頑張っても利益が増えないことになる可能性がある。
- 逆に、内部統制がしっかりと機能していれば、会計及び財務上の損失の発生を防止できる可能性が高まる。
- 非上場の中堅・中小企業こそ、内部統制の強化を行い、利益の増大、財務体質の強化につなげるべきである。
はじめに
今回は内部統制がもたらす会計及び財務上のメリットについて説明します。
内部統制に力を入れることは、一見すると儲けにつながらないように見えます。しかし、内部統制が機能すれば、会計及び財務上の損失を防止できる可能性が高まります。それは、結果として、利益の増大、財務体質の強化につながります。
なお、本稿は私見であることにご留意ください。
【登場人物】
- 中堂所長 公認会計士・税理士。京都五条通監査法人の所長。
- 粟田さん 公認会計士試験合格者。京都五条通監査法人の職員。
(登場人物、事務所名は架空のものです)
1.内部統制は儲けにつながらないのか
粟田さん
「内部統制のデザインや運用面の問題点を指摘すると、よく「内部統制は儲けにつながらないのに何で時間とコストをかけなければならないのか」と反発されます。どうすればよいでしょうか?」
中堂所長
「確かに内部統制を整備・運用しても売上の増大につながらないのは事実だ。しかし、企業活動を車の運転に例えると、内部統制はブレーキの役割を果たしている。そのため、内部統制がしっかりと機能していれば、会計や財務上の損失の発生を防止できる。したがって、損失の発生を防止できれば、それは利益の減少を防止できるわけだから、結果として儲けにつながるといえるね。」
粟田さん
「具体例としては、どのようなものでしょうか?」
中堂所長
「では、一般的な事例や実務上の事例について説明しよう。」
2.会計・財務上のメリット
(1)現金預金
粟田さん
「現金預金については、横領や盗難の防止といったところでしょうか?」
中堂所長
「現金預金の内部統制については、横領や盗難を防止するといった点がメインだね。1回の不正額が小さくても、それが積み重なると、数千万円、数億円といった規模になることがある。」
粟田さん
「中堅・中小企業では、このような金額は無視できない金額となるから、現金預金の内部統制はしっかりとデザインを確立し、運用する必要がありますね。」
中堂所長
「盗難行為としては、内部の人間が、売上金や預り金の一部を着服する、金庫から盗み取るというものがある。もちろん、外部からの盗難もある。会社は警備会社と契約するなどの対策を取っておく必要があるといえる。警備会社の警備を入れていなかったため、複数回の盗難にあった企業もある。一度空き巣に入られると、また入られる傾向にあるので注意が必要だ。」
粟田さん
「カラ出張もよく見られる手口ですね。ネットバンクを使った不正送金も防止する必要があります。」
中堂所長
「このような損失は、会社に全額が賠償される可能性はあまり高くない。そのため、会社にとっては損をしたままとなってしまう。内部統制が機能していれば、このような損失を防止できる可能性が高まるので、内部統制の整備・運用は必要となるわけだ。」
(2)棚卸資産
粟田さん
「棚卸資産についてはどうですか?」
中堂所長
「棚卸資産についても、盗難や横流しのリスクがある。そんなことが起こるともちろん、損失が発生する。」
粟田さん
「不正以外にも何かありますか?」
中堂所長
「ある会社では、販売先から検収書を発行してもらうという手続を行っていなかったため、毎事業年度、多額の在庫損失が発生していたという事例もある。これは内部統制のデザインの不備だ。」
粟田さん
「どういうことですか!?」
中堂所長
「納品した商品を、販売先が検収したことを証明する検収書を発行してもらわなかったため、「A商品が◯◯個足りない」とクレームが来ると、言われるまま追加納品していたようだ。検収書を発行してもらっていれば、「納品時に、貴社の担当者が検収して問題ないとサインしているでしょ?」と反論できるが、検収書がないから反論できないわけだ。」
粟田さん
「これは深刻な事例ですね。」
中堂所長
「このような事例は、そもそも会社がこのような手続が必要であるといことを知らなかったという場合もあるし、取引先との力関係で検収書を発行してもらえなかったということもありうる。いずれにせよ、これでは、穴の空いたバケツに水をいれるようなものだ。売っても売っても損失が出てしまうのでは、会社にとって問題だ。しかし、内部統制が機能していれば、このような損失の発生を防止でき、会社の利益につながることになる。したがって、我々としては内部統制を整備・運用することのメリットを強調することが必要だ。」
(3)売掛金
粟田さん
「売掛金については、どのような事例がありますか?」
中堂所長
「売掛金については、例えば、与信管理がしっかりしていなかったため、売掛金が回収できなくなるというリスクがある。中堅・中小企業の中には、社長が売上の増大を重視し、営業担当者にも厳しいノルマを課している会社もある。そのような会社で、与信に関する内部統制が機能していないと、営業担当者は何でもかんでも契約してしまい、回収可能性が低い会社でも契約してしまうというリスクがある。そんなことになってしまうと、投資の回収ができなくなってしまうため、売上や利益が増大しても、資金繰りの悪化につながるリスクがある。したがって、与信に関する内部統制も整備・運用することが必要だね。」
粟田さん
「これは、さきほどのアクセルとブレーキの関係ですね。」
中堂所長
「そのとおりだね。アクセルを踏みっぱなしだと、会社は大事故を起こしてしまうからね。また、売掛金については、回収の内部統制も必要だ。売掛金の消込がしっかりとできていないと、本来回収すべきである売掛金が回収できていなかったということもありうる。」
粟田さん
「確かにそうですね。」
中堂所長
「例えば、振込手数料は先方負担であるにもかかわらず、ときどき、振込手数料を引いた金額を振り込む取引先もある。売掛金の消込作業がしっかりしていないと、それに気づかないリスクがある。そうなると、振込手数料自体は少額だが、それが積み重なり、回収できていない金額がだんだんと大きくなる。後から指摘しても「何で、今頃言うのか?」と反発されて、結果として貸倒れとなることもある。そうなると、会社の損失となってしまうので注意が必要だ。」
(4)買掛金
粟田さん
「買掛金も管理が必要ですね。」
中堂所長
「買掛金も、計上と支払いに関する内部統制が機能していないと、計上漏れや支払期日の誤りにより取引先への支払いが遅れるというリスクもある。このようなことがおこると、信頼関係が低下する。また、逆に過払いのリスクもありうる。資金繰りが苦しいときにそのようなことが起こると、会社にとって問題だ。」
粟田さん
「架空請求や水増し請求が行われると買掛金や未払金にも影響が出ますね。」
中堂所長
「その通りだ。買掛金や未払金の比較分析を行って、通常よりも多額の金額が計上されていないか、登録されていない取引先に係る買掛金や未払金が計上されていないかといったことを内部でチェックする必要がある。内部統制が機能していれば、会社の金銭を不当に外部に流出することを防止できる可能性が高まるね。」
(5)税金
粟田さん
「税金についても、過大申告のリスクがありますね。」
中堂所長
「その通り、過大申告のリスクは色々とある。法人税、消費税もそうだが、源泉所得税についてもこのような事例があった。社会保険労務士事務所に給与計算を委託していたが、その事務所が源泉所得税を計算するときに、通勤手当を含めて計算していたそうだ。もちろん、通勤手当は一定額は非課税だ。おそらく、標準報酬月額の計算と勘違いしたのだろう。そのため、源泉所得税が過大になり、本来納付しなくてもよいお金を納付していたということだ。アウトソーシングを行っている場合でも、最終チェックは会社で行う必要がある。これも内部統制の不備といえるね。」
3.おわりに
粟田さん
「内部統制が機能していないと、穴の空いたバケツに水をいれるようなものという表現はわかりやすかったです。内部統制が整備・運用されていれば、会計や財務上の損失の発生を防止できる可能性が高まりますね。」
中堂所長
「内部統制の充実は上場企業だけでなく、非上場の中堅・中小企業にもぜひ、取り入れてほしいところだね。このようにすることで、必要のない損失を防止することができれば、会計上の利益が増加する可能性が高まるし、財務体質の強化にもつながるからね。」
執筆者:公認会計士・税理士 森 智幸
令和元年に独立開業。株式会社等のガバナンス強化支援、公益法人コンサルティングなどを行う。
PwCあらた有限責任監査法人ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部では、内部統制や内部監査に関するアドバイザリーや財務諸表監査を行う。
これまで、上場会社の財務諸表監査・内部統制監査、アメリカ合衆国への往査、海外子会社のJ-SOX支援、内部監査のコソーシング、内部統制構築支援、公益法人コンサルティングなどに携わる。執筆及びセミナーも多数。
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