KEY POINTS
- 公益法人会計においては、必ず過年度遡及会計基準を適用しなければならないわけでない。この点は内閣府のFAQ問Ⅵ-4-④において明らかにされている。
- 煩雑となるため、実務上は、過年度遡及会計基準は適用しないで進めるほうがよい。
- 過去の誤謬の訂正を行う場合は、前期損益修正損益勘定を使用しても問題はない。
1.はじめに
今回は、公益法人における「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(以下「過年度遡及会計基準」)の適用の必要性について説明します。
公益法人においては「公益法人会計基準」が設けられていますが、これに加えて個別の企業会計基準についても、その基準の趣旨や内容に照らし、公益法人にも適用すべきものは、「一般に公正妥当と認められる会計の慣行」として、当該基準に従うことが適当と考えられるとされています(FAQ問Ⅵ-4-②)。
そのため、過年度遡及会計基準も、個別の企業会計基準の一つとなることから、公益法人においても過年度遡及会計基準を適用する必要があるのかどうかが気になるところです。
(本稿は私見であることにご留意ください。)
2.「過年度遡及会計基準」とは
過年度遡及会計基準とは、財務諸表の遡及処理について定めた会計基準です。ここで「遡及処理」とは、遡及適用、財務諸表の組替え又は修正再表示により、過去の財務諸表を遡及的に処理することをいいます(過年度遡及会計基準27)。
この過年度遡及会計基準では、会計方針の変更、表示方法の変更、会計上の見積りの変更、過去の誤謬にかかる遡及処理について定めています。
区分 | 会計上の原則的な取扱い |
会計上の変更 | |
・会計方針の変更 | 遡及処理する(遡及適用) |
・表示方法の変更 | 遡及処理する(財務諸表の組替え) |
・会計上の見積りの変更 | 遡及処理しない |
過去の誤謬の訂正 | 遡及処理する(修正再表示) |
国税庁「法人が「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」を適用した場合の税務処理について」に基づいて筆者作成
3.公益法人会計において修正再表示を行った場合
このうち、例えば、過去の誤謬があった場合は、過去の財務諸表における誤謬の訂正を財務諸表に反映させる「修正再表示」が行われます(過年度遡及会計基準4(11))。
これを具体例で見てみます。
【設例】 前事業年度の✕2年度に当法人の建物にかかる減価償却費100が計上漏れとなっていることが判明した。 この減価償却の計上漏れは、過去の誤謬であるため、当期の✕3年度において修正再表示することとした。 なお、直接法を適用している。また、税効果会計は適用していない。 |
・誤謬の訂正に関する仕訳
(借方)一般正味財産 100 (借方)建物 100
この仕訳は前期以前の累積的影響額を反映させる仕訳となります。
✕2年度の減価償却費が100少なかったので、この減価償却費100を正しく計上していた場合は、✕2年度の一般正味財産増減額が100少なくなります。
その結果、✕3年度の期首の一般正味財産の額も100少なくなります。それを表しているのがこの仕訳です。
以下は、✕2年度と✕3年度の貸借対照表です。
✕2年度の貸借対照表は、すでに決算が確定しているので、数字は動かせません。そのため、減価償却費100が計上漏れとなっています。すなわち、誤った数値が反映されています。
前事業年度(✕2年度)の貸借対照表
科目 | ✕2年度 | ✕1年度 | 増減 |
建物 | 1,100 | ・・・ | |
一般正味財産 | 10,000 | ・・・ | |
しかしながら、この減価償却費100の計上漏れが✕3年度に判明したため、✕3年度の貸借対照表で修正再表示することとしました。
すなわち、正しい減価償却費を計上した計算結果を反映するというわけです。それが、下記✕3年度の貸借対照表の✕2年度の欄です。
当事業年度(✕3年度)の貸借対照表
科目 | ✕3年度 | ✕2年度 | 増減 |
建物 | ・・・ | 1,000 | |
一般正味財産 | ・・・ | 9,900 | |
正味財産増減計算書も同様となります。
✕2年度の正味財産増減計算書は、決算が確定しているので、そのままの数値となりますが、✕3年度の正味財産増減計算書では、✕2年度は修正再表示により正しい数値を反映させます。
前事業年度(✕2年度)の正味財産増減計算書
科目 | ✕2年度 | ✕1年度 | 増減 |
減価償却費 | 300 | ・・・ | |
一般正味財産期末残高 |
10,000 | ・・・ | |
当事業年度(✕3年度)の正味財産増減計算書
科目 | ✕3年度 | ✕2年度 | 増減 |
減価償却費 | ・・・ | 400 | |
一般正味財産期首残高 | 9,900 | ・・・ | |
一般正味財産期末残高 |
・・・ | 9,900 | |
4.公益法人も適用しなければならないのか
(1)内閣府の見解
企業会計では、過年度遡及会計基準を適用する必要があります。そのため、例えば、過去の誤謬の訂正があった場合、前期損益修正損益という科目は使用されなくなりました。(なお、実務では、有価証券報告書を提出する企業においては、過去の誤謬があった場合は訂正報告書を提出することになるので、実質的に過年度遡及会計基準の適用はありません。)
では、公益法人においても、このような過年度遡及会計基準を適用しなければならないのでしょうか?
この点については、内閣府の見解に基づくと、過年度遡及会計基準については「自主的に適用することは全く問題ありませんが、公益法人が、必ず本基準を適用しなければならない訳ではありません。」(FAQ問Ⅵ-4-④)が答えとなります。
すなわち、適用しても適用しなくてもどちらでもよいということです。
この理由について内閣府のFAQ問Ⅵ-4-④では、以下の点を掲げています。
- 過年度遡及会計基準が全ての会社にとって唯一の会計慣行であるとまでは言えない
- 中小企業、学校法人、独立行政法人等にも過年度遡及会計基準の適用が求められていない
- 平成 20 年会計基準によって処理すれば、過年度遡及会計基準を適用しなくとも財務諸表の将来に亘る適正性が担保される
- 少人数の職員により運営されている公益法人が多い
そして、これらの理由に基づき、「現時点では、公益法人について、本基準によらない会計処理も公正妥当と認められる会計慣行と言えます。」と結論づけています。
となると、公益法人の会計実務においては、過年度遡及会計基準は適用しないほうがよいといえます。なぜかというと、上記3で見たように、過年度遡及会計基準を適用すると、実務上とても時間と手間がかかるためです。したがって、例えば、過去の誤謬が判明した場合は、経常外収益または経常外費用において前期損益修正損益勘定を使用して反映すれば問題はありません。
(2)会計ソフトの問題
付け加えますと、私が知っている公益法人の会計ソフト(PCA、公益大臣など)は、過年度遡及会計基準には対応できません。
これらの公益法人の会計ソフトでは「一般正味財産」勘定を借方に直接計上することはできませんので、例えば、過去の誤謬の場合、誤謬の訂正に関する仕訳を計上することは不可能です。このような点においても、過年度遡及会計基準を適用することは実務上も、ほぼ不可能といえますから、過年度遡及会計基準を適用しない会計処理で進める必要があります。
5.おわりに
今回は、公益法人会計における過年度遡及会計基準の適用の必要性についてみてみました。
内閣府のFAQでは、過年度遡及会計基準の意義を認めつつも、必ず過年度遡及会計基準を適用しなければならない訳ではないとしているので、実務では、過年度遡及会計基準を適用する必要はありません。
企業会計を知っている人からすると、過年度遡及会計基準を適用する必要はないのか、と思ってしまうかもしれませんが、公益法人会計においてはこのように独自の見解も存在します。
今回のブログが公益法人会計の実務の参考になりましたら幸いです。
執筆者:公認会計士・税理士 森 智幸
令和元年に独立開業。株式会社等のガバナンス強化支援、公益法人コンサルティングなどを行う。
PwCあらた有限責任監査法人ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部では、内部統制や内部監査に関するアドバイザリーや財務諸表監査を行う。
これまで、上場会社の財務諸表監査・内部統制監査、アメリカ合衆国への往査、海外子会社のJ-SOX支援、内部監査のコソーシング、内部統制構築支援、公益法人コンサルティングなどに携わる。執筆及びセミナーも多数。
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