公認会計士・税理士 森 智幸
KEY POINTS
- 会計処理には「現金主義」と「発生主義」があるため、それぞれの違いを理解することが重要である。
- 現金主義だと、現金預金の入出金時に収益・費用を認識するため、月次決算においてタイムラグが出る。
- 令和5年(2023年)10月から課税事業者になった場合、現金主義で行っていると、消費税が過大納付となるリスクがある。
はじめに
今回は、現金主義の弊害について、令和5年(2023年)から消費税の課税事業者になった場合の消費税の計算をテーマとして説明します。
現金主義による会計処理を行うと、月次決算において、収益や費用の発生月と計上月がずれてしまい、経済的実態を適切に表さなくなってしまいます。そのため、経営分析や意思決定を誤るリスクがあります。
令和5年度(2023年度)から消費税の課税事業者になった場合についても、現金主義で行っていると、過大納付を行ってしまうリスクがあります。
なお、本稿は私見であることにご留意ください。
【目次】
執筆者
公認会計士・税理士 森 智幸
慶應義塾大学商学部卒。2019年に独立開業。企業の内部統制の強化、内部監査のコソーシングなどガバナンス強化を専門としている。また、公益法人会計は10年以上の実績があり、会計・税務に加えて、法制度にも詳しい。
PwC Japan有限責任監査法人では、国内・海外の企業のガバナンス強化支援などに携わる。
これまで、上場会社の財務諸表監査、アメリカ合衆国への往査、公益法人コンサルティング、法人税・消費税の税務などを行う。
主な著作は『独立する公認会計士のための税理士実務100の心得』(中央経済社)。『税務弘報』(中央経済社)、月刊『企業実務』(日本実業出版社)などの雑誌への寄稿も多数。
1.「2割特例」とは
まず、消費税の計算方法から説明します。
2023年10月から消費税の課税事業者になった場合、多くの個人や法人は、消費税の納税額については「2割特例」で計算されていると思います。
この「2割特例」とは、免税事業者からインボイス発行事業者として課税事業者となった個人や法人は、消費税額の計算において、仕入税額控除の金額を、課税標準である金額の合計額に対する消費税額から売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した残額の100分の80に相当する金額とすることができるというものです。
つまり、イメージとしては、消費税の納付額は、おおむね課税売上に係る消費税額の20%として計算できるというものです。
厳密には、消費税の計算においては消費税と地方消費税を計算するので、その過程で若干、異なってきますが、おおむね、課税売上に係る消費税額の20%となります。そのため、「2割特例」という名称が付けられています。
簡単な計算例を示すと、以下の通りです。
例:課税売上330万円(消費税額30万円)の場合
消費税額30万円‐消費税額30万円×80%
=消費税額30万円×20%
=6万円・・・納付する消費税額
2.現金主義と発生主義とは
現金主義とは、現金の入出金があったときに収益と費用を計算する会計方法です。
一方、発生主義とは、収益や費用が発生したときに、収益や費用を認識し、計上するという会計方法です。
現金主義は会計処理を行う側としては、楽な方法ですが、現金主義で月次決算を行っていると、例えば、月末締め翌月28日払という支払条件の場合、収益や費用の計上が1ヶ月遅れてしまいます。
例として、売上の場合で見てみます。
【設例】
X社は、9月に取引先のA社に対して、業務委託料55万円(消費税率10%、消費税5万円)の請求を行った。
これに対してA社は、入金期日である10月28日にX社の取引口座に55万円を振り込んだ。
なお、これ以外に取引はないものとし、消費税の処理は税込処理とする。
(1)現金主義の場合
①9月の仕訳
仕訳なし |
②10月の仕訳
(借方) | 普通預金 | 550,000 | (貸方) | 売 上 | 550,000 |
(2)発生主義の場合
①9月の仕訳
(借方) | 売掛金 | 550,000 | (貸方) | 売 上 | 550,000 |
②10月の仕訳
(借方) | 普通預金 | 550,000 | (貸方) | 売掛金 | 550,000 |
このように、現金主義では9月の売上ゼロ、10月の売上55万円であるのに対して、発生主義では9月の売上55万円、10月の売上ゼロとなり、1ヶ月のズレが生じます。
3.令和5年(2023年)10月から課税事業者になった場合
それでは、これをインボイス発行事業者として、令和5年(2023年)10月から課税事業者になり、さらに2割特例を適用する法人の場合について見てみます(以下、西暦で書きます)。
今度は、この法人は3月決算であり、2023年4月から2024年3月まで、毎月55万円(税込)の売上があったとします。
なお、月次決算を現金主義で行っている場合でも、期末には3月分の売上を認識しているものとします。決算整理仕訳は以下の通りです。
◎決算整理仕訳
(借方) | 売掛金 | 550,000 | (貸方) | 売上 | 550,000 |
すると、課税期間である2023年10月から2024年3月までの売上は以下の表の通りとなります。
このように、現金主義で行っていると、上記2の【設例】で説明したように、9月の売上が10月に計上されてしまっていますので、課税期間における課税売上が55万円過大となってしまいます。
そのため、消費税の計算においても、この過大となっている55万円に含まれる消費税5万円について、おおむね5万円×20%=1万円 の金額が過大納付となってしまいます。
総額で見てみると、おおむね以下の金額となります。
- 現金主義・・・385万円に含まれる消費税額35万円×20%=7万円
- 発生主義・・・330万円に含まれる消費税額30万円×20%=6万円
これを防止するためには、もし現金主義で月次決算を行っている場合、2023年9月の時点で、簡単な中間決算を行って、9月末時点で売掛金・未収金、買掛金・未払金を計上し、ここでいったん発生額を確定する必要がありました。
この中間決算を行っていないと、2023年10月から課税事業者になっている場合、過大納付となっている可能性があります。
もちろん、月次決算を発生主義で行っていれば、このようなことが生じるリスクは低くなります。
4.おわりに
今回は、現金主義の弊害について、2023年10月から課税事業者になった場合について見てみました。
月次決算を発生主義で行うことは、手間もかかるので大変な作業になりますが、各月の適切な売上、費用を認識することができます。今回の消費税においても、過大納付を防止することができます。
したがって、月次決算においても、ぜひ発生主義を導入していただきたいと思います。
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